2017年11月23日木曜日

和心の会11月ありがとうございました

今回の和心の会は、九州や北陸からの方が多く参加してくださいました。
先月のテーマは「愛」でしたが、今月は「いつくしみ」です。
ダイニングの「慈しみ」をテーマにしたメニューはこちら

「慈しみ」というと、どんなことを皆さんは思い浮かべるでしょうか。「慈愛」の「慈」、「慈悲」の「慈」です。
いつくしむ、とは、優しさ、或いは同情との違いはなんなのでしょう。これは必要なことなのか、不要な事なのか…、いいこと、正しい事、なかなか見極められないですよね。
いい人するな」、とセアロはよくおっしゃいますが、優しくすることは良くないのでしょうか。いい人やって、結局むくわれない、と感じたり、損した、と感じるようなことはありますか?せっかくその人の事を思って伝えたつもり、やってあげたつもりでも、肝心の相手には伝わらない、理解されず、なぜ?と言いたくなること、ありませんか?
セアロから何度となくお話を伺っていても、まだまだそういう感情が起きてくるのは何故でしょう?また、セアロはよく、「(人の事を心配するのではなく)ほっとけー」とおっしゃいます。本当に放っておいていいのでしょうか? 
そんな疑問をセアロにおたずねしたところから、ご講話を伺いました。

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<いつくしみ>

●日本語には、英語では訳しきれないという言葉が多い。日本の言葉は深みがあり美しい。言葉を訳し訳されしているうちに、本来の意味ではなくなってしまう。
●なぜ、いつくしむ必要があるの?、なぜ愛してもくれないのに愛す必要があるの?愛しても~してくれないのに…、と違う価値観からの受け止め方をやっているうちに、すでに元の意味から違うものになってしまっている。なんでいつくしむ必要あるの、と言っている間はそもそも、慈しむというところまでも行ってないのに。なぜ、と思うなら、「そもそも自分がそこまで行ってないレベルだから」と思えばいい。
●我々にはもっと繊細で奥ゆかしい気持ちがあったはず。それを取り戻さないといけない。それをなくしたら、何も残らないのではないか。
●今残っている本来の「慈しみ」を、しいていえば、命かけて産んだ子がいたとしたら、その生んだ『瞬間』の意識、喜びが、本物の慈しみだろうね。一瞬だけ。
●それはとても繊細なもの。たとえば、子どもを生むとき破水して、自分の命にかえてでも生みたいと願う、私の命はいいからと願う…、しかし、だからといって自分がいらない、ということではない。その新たな命を自分が守り、育てなければいけない。自分でなければ、自分がやらなきゃいけないと思っているはず。
●だから、わが子だけにあるのが慈しみかといえば違う。他人も同じ気持ちで思えたとしたら、それこそが本当の「慈しみ」だろうね。
●戦後70年、日本で覚えさせられた今の薄い意識。優しくしたい、してもらいたい、好きになりたい、愛したい、愛されたい…。そんなものは、「慈しみ」からほど遠い。
●これぐらいでいいだろう、という意識を学習しすぎてきた。人に言われたことを自分のものにしすぎた。「あの人がこういうのだから、これでいいだろう…」、人に任せっぱなしで、人に責任転嫁までして。自分で判断しようとしない。
●慈しみの究極は、「私で生きてよかった」と言える自分になれば、自分自身を慈しむことになる。そういえる自分になろうよ。
●今我々が吸っている空気、みんなのものだろ。あの人が吐いた息、この人吸ってる、この人の息あの人吸ってる。共有しているのに、互いに意識もしてない。お天道様とおんなじ。万人が共有できる意識もされないような恵み。それが慈しみだろうね。
●仏像の目をみてごらん。自分が楽しい時も、悲しい時も、じっとみている。ただ、じっと見ている。同調して悲しんだり喜んだりしない目。仏の目はじっとみるだけ。どんな時でもじーっとみている。慈しみに、How to などありえない。じっと見られる一人ひとりの立ち位置も違うのに。慈しみは方法じゃない。近場で簡単に見つけようとしても見つからない。でも、すでに在る、遠くにある目、それが慈しみ。

2017年10月22日日曜日

和心の会10月ありがとうございました。

大型台風に警戒を促す予報の中、山地では、雨が静かにしとしと降っている感じです。今月も遠くからご参加の方含め、16名の皆様と共に過ごさせて頂きました。

今月のテーマは「愛」!!!大きな、永遠とも思われるようなテーマです。何度でも自分に問い直してみたいテーマです。

ダイニングの「愛」をテーマにしたメニューはこちら

愛には、恋愛の愛、家族の愛、神仏の愛、大自然の愛、大宇宙の愛…、いろいろ表現はあるのですが、本当はいったい何なのでしょうか。どれが本当の愛なのでしょう。はたまた、一つの答えなどあるのでしょうか。
人との関わりの中で、とどのつまり行き着くところに求めているものは「愛」なのかもしれませんね。愛がうまくいかない、と感じているならば、なぜそうなのでしょうか…。

今月も、セアロ師のお話に始まり、「愛のしずく」と題した今月和心の会のテーマ曲が流れる中、陽月堂ダイニングの食事を味わって頂きました。休憩をはさみながら、愛についてのご講話をじっくり聞いて頂きました。

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10月のテーマ「愛」

  • 「愛」はとても大きなテーマ。人の数だけ「愛」があり、認識も異なる。「無償の愛」と言うけれど、それは「対価がない」って言っているだけなんじゃないの?そんなのが本当に愛なの?「愛」を軽んじすぎだと思う。
  • 日本語にはもともと「愛(あい)」といわず、「愛(いと)おしい」という。Love=愛にしてしまって違う意味になってしまったのでは。愛情があるとかないとか、そういうのは、すべてギブ&テイク。あげたらもらう、という。愛してくれているかどうか、愛したんだから、愛してもらわないととか。愛が証明されたかどうかで量られるようなものになっちゃってる。
  • 縁側で、じいさん、ばあさんが、「天気わるいなー」「このお茶美味しいわね~」、全然違う事言ってるのに、会話が成り立ってる。互いに愛おしいという気持ちがあるからそうなってる。それが愛なんじゃないの?
  • 言いたいこと、分かってるつもり。分かってない…でも一緒にいる。それが夫婦(めおと)。契り(ちぎり)。契りって、約束事でしょ。それは国が決めたこと。自分が決めてない。それと「愛おしい」は違うでしょ。
  • 玉が飛んでいるような中、それでも遊んでる子どもがいる。本人たちはその瞬間、幸せだ。愛だ。全てがそろっている中、それでもバッテリーが切れた、携帯がゲームが使えないと嘆く子がいる…。本人は不幸だと思っている。つまらないね。
  • 一瞬一瞬、一秒一秒、人生無駄にしないためにも、「私はいいのよ」と思うなって。「私はいいのよ」は、自分がいい思いをしてからにして。明日、自分はいないかもしれないのに。
  • 自分が幸せで元気なら人のことができる。息吸ってはいている以上、元気なんだよ。病気したら、病気するまで頑張っている自分がいる、私って愛おしいと思えたらいいね。人にほめてもらわなくていいんだ。
  • 老後なんてないよ。老人と思ったらダメ。いつまでも、「年を重ねた18歳」だ。
  • 何でもやりたくなる、近くの人へ奉仕したくなる、自然にそうなる、それが愛。「無償」もくそもないよ。無償って、有償の反対だろ?
  • 人の幸せのためにやるのが愛。愛おしいからやる。母親が赤ちゃんに母乳をやってる様子を、対価もらわないから無償の愛っていうの?違うでしょ?
  • 愛されているからこうしないと、ああしないと、愛してくれるならこうしてあげる…。これも違うね。
  • 愛おしいから、愛したいから奉仕する、それだけでしょ。そうしていたら、思いがけない喜びが返ってきた。「思いがけず」…でしょ。
  • 愛されているという事に敏感になりなさい。何かしら愛されていると感ずるなら、それは自然からの恵み、愛。人間の感覚の、定義の愛ではない。証明できるものでもないし、証明してくれというものでもない。愛されているかどうか確かめるのはやめなさい。



2017年10月10日火曜日

★陽月堂1周年記念イベントのご案内★


いつも、陽月堂のご利用、ご協力をいただき本当に、ありがとうございます!!
おかげさまをもちまして、陽月堂は11月11日に1周年を迎えます。
皆様への感謝を込めて、また、皆様と共に歩んだ1年間を祝しまして、
感謝イベントを開催いたしたく、ご案内申し上げます。

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1年間の感謝を込めて、シェフの熱いハート、
陽月堂スタッフの心からのおもてなしを
心ゆくまで味わって頂きたい…。
陽月堂1年間の集大成、特上の素材と秘伝のレシピで
とっておきの贅沢*スペシャル・フルコースディナーに
皆様のお越しを心より…、心より、お待ち申し上げます。



船津KABA子
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Yougetudo Dining * 1st Anniversary

 12/9  Special フルコースディナー 

平成29年12月9日(土)
Open (営業時間) 17:00~22:00

*完全予約制*<フルコースディナー> 
お一人様… 15,000

<お飲物> 
ソフトドリンク、ワイン、地ビール等 1,000円~


  • グループやご家族、お友達や大切な方とお越し下さるお客様は、個別テーブルをご用意させて頂きます。お気軽にご相談くださいませ。
  • 遠方からお越しの方、宿泊ご希望の方には、ご優待券をプレゼントさせて頂きます。






 12/10 ★陽月堂★親睦会&ビッフェ 

温かい励ましのお言葉、応援のご試食やご購入、
お手伝いにかけつけ、遠くから足を運んで下さり…、
陽月堂を支え、応援して下さった皆様に感謝をこめて
お得感たっぷりのビッフェランチをご用意させて頂きます。

1年をふりかえり、語り合い、笑いあって
お昼の陽月堂ダイニングで和やかなひと時を
皆様と共に過ごさせて頂きたいと思います。
お気軽にお立ち寄りくださいませ。

平成29年12月10日(日)
Party (親睦会~昼食)  10:30~13:30

参加費… 3,000円

お楽しみ企画♪ご参加の皆様にご案内いたします♪



<お誘い> ~Mayoより~
ダイニング店長の船津KABA子はセアロ師の厳しいご指導の元、料理人としての実力がメキメキとアップしている今日この頃であります。。。
いつも応援してくださる皆様にこの1年の感謝の意を込めて、カバシェフ渾身の力と心を込めたディナーをぜひ!みなさまに味わっていただきたく、陽月堂ダイニングでディナー企画をご提案させていただきます!


定員が限られておりますので、お早目のご予約をお願いいたします。(すでに、数名の方よりご予約を承っております)

遠方からの皆様は、ぜひゆっくりとお泊りでお越しになり、親睦会ビッフェにご参加くださいませ。
当日は、会場でセアロ師に見守って頂こうと考えており、ご講話は設定しておりませんが、お話を伺えるチャンスが頂けるのではと期待いたしております。
1年の終わりでもありますので、セアロ師にご挨拶を…という方も、ぜひご参加くださいませ♪





お申し込みは下記フォーム↓↓又は窓口連絡先まで
  ★ お申込みフォーム ★  



●窓口

(横田/マヨ)TEL:090-7506-4557
(船津/KABA子)090-7927-2147
(ウィン)080-7013-0108
(陽月堂)086-486-3755/(NPO)086-486-3866
(メール)yougetudo@gmail.com




「陽月堂」ってどんな会社だっけ??***

CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンの人道支援事業を基盤に、更なる平和貢献を目指し、起業家を育てることを目的に設立され、日本人とミャンマー人が共同で運営しています。陽月堂は、事業実践を通じて日本流の商い精神を追及し、人と人が直接つながり、感謝と尊重の気持ちをもって、互いの更なる幸せと豊かさを分かち合える経営をめざしています。
いつも応援して下さるおねーさま方♪
海外事業部門(ミャンマー)では、日本とミャンマーの繋がりを、経済的な利益目的に利用しあう関係ではなく、人々の幸せのために活かしあう信頼関係に深めていくことを目的に、日本流の商いを産業研究開発、社会起業家育成に反映させ、経済活動を通じた発展途上国への国際貢献を事業展開しています。

2017年9月25日月曜日

和心の会9月有難うございました。

和心の会9月は「やすらぎ」をテーマに、12名の方がご参加くださいました。夏も終わりに近づき、朝夕涼しくなってきたところにぴったりのテーマ。「やすらぎ」とは、暑い夏、忙しい日々を過ごし、慌ただしさや感情が波打つような時、何かほっと安堵するようなことがあったとき感じる感覚をいうのでしょうか…。それは、その場の雰囲気、あたたかい言葉や優しい表情に触れた時、あるいは、癒されるような音楽、自然や風景かもしれません。…やすらぎを感じますよね。

では、自分自身がやすらぎを与えられるような自分になるにはどうしたらいいのでしょう。まだまだ自分が安らぎや優しさ、愛を求めている自分だとすると、どう成長していけたらそんな自分になれるでしょうか。陽月堂スタッフも、テーマ「やすらぎ」を思い浮かべながら、「月」をサブテーマに考え準備をさせて頂きました。
石川県らいららさんが9月和心の会に送って下さったハスの花
ダイニング料理の詳細は、こちらのダイニングブログをご覧ください。


さて、本日のセアロのご講話はどんなお話だったでしょうか…。
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「やすらぎ」


  • 嫌なことから逃げたら解決できるのが安らぎではない。選択の中に安らぎはない。そもそも、頭でいい悪いを選んだだけでしょ。良いと思って選んで、それをやって、「これだけやったのに、何でこうなるの?」と人に安らぎを求める。そこでホッとして、これだけ私はやった、という証にしようとしてるだけ。
  • 脳は、過去の中から一番いいものを選んできて当てはめて求める。本当は選べてないのにね。脳は今も明日も知らないから。
  • 選べば選ぶほど正しくない方へ行く。安らぎから遠ざかる。
  • 人から隠れて安らぐなんて、本当は無い。無理です。逃げて避けて「少し一人にさせて…」。安らぎを…、と思っている…。単にその空気から逃げているだけ。単に、新しい出発点を見つけようとしているだけで。逃げればまたそこから繰り返して続くだけなのに。
  • 情熱のかけたところ。それでもやり続けて埋めていく、そして満月になったとき、本当の安らぎが来る。求めてもいない。満月は一瞬。満ちる、欠けるを繰り返す中の一瞬。積み重ね、満ちていき、やり終えた一瞬が満月。その時本当の安らぎがくる。求めてもいない。
  • 正しい道は見えないもの。見えたら正しい道とは言わない。知らない世界、頭の知らない今までやったことのない所を、一歩前、一歩前と歩いていく。頭は、一歩出たつもり、もう一歩先、あと一歩続けないのに、「出たのに…」と言い出す。
  • 景色が変わるまで歩み続けないと。歩んで歩んで、満ち足りるまで、欠けたところを自分で埋めていく。新しいもので埋めていく。いっぱいになって、満ち足りた満月になったら一瞬やすらぎがある。人からも、あの人の近くにいたら気持ちいい、と言われる人になっている。
  • 一瞬の満月、満ち足りた気持ち、そんな自分の満月を自分でつくること。そこに安らぎはある。一生懸命、夢中の姿、その後光を人がみて安らぎを感じる。
  • 人の後光を見て、与えたくなる。光を感じて施そうとする人が出てくる。感謝、そして労わりたい、という気持ちになる。
  • 人をみて自分がそう思ったら、自分が動く。一歩出る。そうする自分も自分の満月にむかって歩んでいける。そこに自分の安らぎがまた生まれる。
  • 人の後光が自分の光につながる。後光は前にない。光は出そうとして出ない。過去をみる頭は、前に光を見ようとしているだけ。過去の経験から想像はできても、本来の明日のための選択はできない。逃げたい、こうなりたい、ああなりたい、と自分の頭の選択の中から答えは出てこない。
  • 真心こもった料理を食べる。食べて安らぎを感じたとしたら、食べたら安らぎも消える。消えたら一歩進むしかないだろ?
  • 年は重ねていくもの。前に歩いていくもの。出たふりして後ろに下がって…。なぜ後ろにいくの。後ろにいくから幼児返りして…、だからボケるんでしょ。
  • 「傷ついた」…っていうけど、真心は傷つかないよ。作った心は傷つく。「嫌だ、疲れた」…って、頭で答えを選んでこだわって、それを求めて得られないから「傷ついた」、って…。求めて安らぎなど味わえるわけない。
  • 食べ物も同じ。菜食主義の人が「私、肉はだめ」というが、肉がだめなんて、肉の方が迷惑だ。肉じゃなく、お前がだめなんだろう、と言いたい。



2017年9月19日火曜日

薬膳リトリートご参加有難うございました♪


9月16~18日の3日間、薬膳リトリートを実施致しました。 台風18号が直撃!という予報の中でしたが、全国各地から13名の方がお越しくださいました。17日は一時的に激しい風が吹き、大雨が降っていましたが、あっという間にやみ、18日は素晴らしい快晴に恵まれました。...

2017年9月15日金曜日

ミャンマーへ行ってまいりました(9月)

今回の出張では、NPO関連の物資持参や各プロジェクトへの寄付などの受託業務とミャンマーJMCショップへの納品とサンプル品の持参とプレゼンテーション、農産業プロジェクトへのアドバイス等を行いました。

NPOの活動内容と収支報告は、NPOのブログでご確認頂けます。

<農産物加工品研究事業関連>

現地法人JMCのココナツ工房から、ピーナツオイル、はちみつ等のサンプルを受取り、品質チェックを致しました。ココナツの実がミャンマーの農村部で大量に買い占められるという事態を受け、本年度はオイルの生産が全くできませんでした。実際には、5月頃になって、買取りに来た企業と契約をしたものの、結局引き取られることもなく、連絡も途絶えてしまったという村があり、JMCに買取の交渉をしてきたそうですが、品質と取引相手の態度から村の判断できっぱり断る、ということがありました。

COCOWINのココナツオイル生産は、手作り製造方法を行っている以上、年中いつでも可能ではありません。通年製造の実験も行いましたが、どうしても水分残留やろ過工程で目詰まりがする、ココナツの実が濡れてしまい、仕上がりの香りに大きく影響されるなどの結果を受け、2~4月の2か月間のみしか製造しない事を決めています。次の機会は平成30年の2~4月ですので、今から材料となるココナツの実を確保していく必要があります。昨年のトラブルを参考に、なんとか正しい取引先の村が見つかることを願うばかりです。

<ミャンマーの人気商品>

陽月堂から納品した商品の中で、要望が高い物の一つに、スマートフォン、パソコン、タブレット類があります。
中古品がほとんどですが、日本で仕入れられる中古品はまだまだきれいで、型が古いものなどは新品同様で手に入れられます。
肝心なことは、電話も家になかった生活の人々、特に若い世代の人達が、いきなりスマホを手にして使い方をよく理解していない点。陽月堂とJMCは、必ず顧客に対して詳細の説明を行います。単に操作や設定の方法ではなく(それなら地元の店で簡単に聞ける)、ネットの危険性や情報リテラシーを伝える必要があると考えていることから、短時間でもレクチャー時間をもつようにしています。

ソニーのスマホも日本で製造しているわけではなく、また、SIMフリーの機種に限られることから、日本ではあまり流通してないものになります。現地でも手に入れることはできるのに、それでも日本からの中古がいい、と信じ込んでいる消費者も少なくなく、それを良い事に商売ありきの取引をするのではなく、陽月堂はNPO支援活動の精神を受け継ぎ、しっかりと伝えるべきを伝え、上手に便利なものを使って頂けるようにしたいと考えています。


<ミャンマーの日本語を学ぶ学生たち>

日本では、技能実習制度という、外国人に日本で仕事をしながら技能を身に付けてもらおうとする制度があります。常に外国人労働者をめぐっては、どんな制度を設けようとも賛否両論あり、また就労や滞在中のトラブルも絶えません。確信犯的に計画を立て、他の目的で仕事をさせる、あるいは日本にいく、という、どちらか一方だけの問題もありますが、理解やコミュニケーション不足、仕事に対する意識や他国文化に対する情報不足が原因ということは少なくないと思います。

ミャンマーでも、この制度を利用し、ミャンマーで日本語を学んでもらい、日本から要望のあった企業に仲介し学生を日本に送る、という中間団体が数多くあります。うわさが噂を呼んで、日本語を勉強して日本に行こう、という若者が沢山いますが、情報が口コミのみだったり(途上国では公開情報より経験者や噂の情報を重視する傾向が強い)、都合よくうまくいったという話を信じ込んだり、とにかく勘違いが多いのが現状。

最近、介護・看護士として日本で働くミャンマー人が増えてきました。日本語の勉強をさせてもらえ、2-3年日本で介護士としての勉強をしながら働くことができるという話です。ミャンマー人なら相応しいのでは、と思っていましたが、現地でそうした中間団体の日本語学校に通う学生たちが悩んでいるので相談に乗ってもらいたいという依頼が来ました。

14人の学生さん達と面会し、陽月堂のウィンさんから、日本語を独学で学び、日本の大学に通いながらNPO活動に携わり、そして昨年から日本で仕事をし始めた経験者からの話に、学生さん達は興味津々に耳を傾けていました。

介護や看護師になりたい、というわけでもないのに、ただ、日本に行きたい、という学生たち。理由を聞けば、稼ぎたい、親を助けたいと言うけれど、どうもそれさえも言い分けにしか聞こえない。では何が不安かというと、300万K(約30万円)のお金を払わされ、13万の給与から住居や食費を引かれ、手取りが少ない、日本の会社は厳しいと聞く、面接したのに何の連絡もない、説明がない…、といった内容に口をそろえます。

ウィンさんの話の概要

(日本語で話し、分からないところをビルマ語で)

自分で目標もないのに、文句だけ言うようなミャンマー人は日本に行かない方がいい。ミャンマー人として恥ずかしいですよ。

不安なことがあれば直接聞いて、本当に相手が悪いのか、自分が無知なのか知ることが大事。厳しいのは当たり前です。
日本人は良く働くから素晴らしい社会になっている。皆で働くから便利な社会。どこかの国みたいに、日本には文句言えば何とかしてくれる、と思っているなら大間違い。最初は優しい日本人も、出来ない人に厳しくするのは当然。日本語も分からない、世の中の事も知らない、世界の中でミャンマー人は笑いものですよ。

日本でもいい人ばかりではない。差別されたり馬鹿にされることもある、でも悔しかったら、絶対見返してやるぐらいの気持ちで勉強して頑張る気持ちがないと外国に行ったらだめだと思う。ミャンマーは素晴らしい国なんだから、ここで十分幸せになれる。
人の国に行くんでしょう。勉強して仕事させてもらいに行くんでしょう。日本にも、ミャンマーと同じように、郷に入っては郷に従え、ということわざ、ありますよ。他の国に行くんだったら、文句言わずに辛抱しないとだめです。

ミャンマー人には素晴らしい所が沢山ある。ミャンマーの誇りを忘れず、日本を愛して、日本の周りの人々がミャンマーの人に来てもらって本当に良かった、素晴らしい人達だ、と思われるような気持ちで頑張りましょうよ。

もし、日本に行く事を決めて、日本に行って、困ったことがあればいつでも連絡してください。相談にのります。もし、本当に悪い人達がいたら、すぐ連絡下さい。


2017年8月20日日曜日

和心の会8月 有難うございました

今月の和心の会のテーマは「情熱」でした。キャンセル待ちの方もいらっしゃり、数日前から奉仕に来られた方々がそのままスタッフ参加して下さったり、参加者定員18名+陽月堂スタッフ入れて7名で、会場はまさに情熱いっぱいでした。有難うございました。

先月に引き続き、スタッフが準備段階から意識し、皆様をお迎えするための『陽月堂サブ・テーマ」を考えさせて頂きました。「情熱」のサブテーマとして「太陽」、「天照」を考え、KABAシェフは1か月間、料理内容をあたため準備し、Sammyも「情熱」を表現した曲を用意して臨みました。パン部門も、真夏のパン窯で熱気いっぱい?!に準備致しました。
 


ダイニング料理の詳細は、こちらのダイニングブログをご覧ください。

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「情熱」

・「なさけがあつい」とひらがなでみてごらん。情熱というものを、イメージした形にしてしまうから本来の情熱から遠さがってしまう。熱くないと動けないと思ってる。スポ根ドラマじゃあるまいし、脳みそがそういうイメージで、自分を捨ててヒロインのように見られたいというところから始まったような「情熱」になってしまっている。
・「人からどう見られるか」と、はき違えたところに熱が入ればやけどする。
・「熱」を「照」に変えてみたら。自分が夢中でやっている事、天照のように、自分が無意識にも照らしている光を人が感じ、そう思ってくれるならいいね。「照らそう」と思うとやけどする。
・熱をもって、外に意識が向かう時、自分の熱があたるところを探そうとするようになる。自分より弱い相手探すようになる。今の世の中の情熱はそうなってしまっている。違うだろ。
・自分の温かさ、自分も人も幸せという熱なら、人を変えていける。目の前のお客も変わる。あなたを求めて人が寄ってくる。それが本当の情熱。
・本気でがんばる自分、人を介してでないとそれが分からないように教えられている。それは違う。自分が自分で動くこと、人に対してであっても、そのあとの反応の良し悪しは関係ない。
・誰もいなくても、他の存在があってもなくても、人は自分の人生を経験し自分として生き続けている。必要だから、と誰にどう見られても、見られておらずともやり続けてそこを超えたら、空の間がある。本当の夢中、集中というところ。ホワ~ンとしたところ。がむしゃらでも、熱くもない。
・女性は、それが苦手。どこかで十分と思う。子宮という宇宙持っているから。次を狙わないから。それじゃだめなんだよ。その女性が男をだめにするよ。
・どんな姿になろうが、失敗して、しかられて、でもやり続けて、もう自分しかそんな自分を分かってくれない、そしてそこも超えて、自分しか分からない嬉し涙が出る…、それを情熱と言ってもいいけれど、それよりも大きい自分があるはず。
・老後なんか考えちゃだめ。老後考え始めるのは、年いったとき。既に老いてるのに、老いた後なんか、死しかないじゃない。そんなこと考えなくていい。
・互いの幸せは、自分の工夫から始まる。人を喜ばすこと、どうやったら喜ばれるかな、と想像しながら工夫する。例えば、その水がきれいかどうか、いいかどうか、人の反応を見るのではなく、自分がまずそれを飲んでみるという気持ち。自分の意識と行動で、汚れた水だって黄金の水になる。

・今の世の中、紙切れ(お金)の下に人間がいる状態。グローバル化といいながら、安い賃金もとめて、奴隷制度をやってきた者たちが形をかえて、同じことをやっている。自分の温かさやぬくもりを伝えることになってない。
・戦争ー平和、飢餓ー裕福、そんな今の世界。お互いさまの意識がない。核のシェルター作って、高いお金出して買う人もでてきてる。自分だけ生きられたらそれでいいの、という人間。そういうみじめな人生、日本人は作りたくないはず。
・土から生まれ、土に還る、という生き方の方がいいはず。高い所から人を見降ろす意識、自分の中で勝手に作って、やれ株が上がるだ下がるだ、それで人の上にいる気分になって。奴隷が働いて稼いでくれるような中に生きようとしている日本人が増えてきている。そんなのでいいの?
・お金にこだわって本当の幸せ、形のない幸せ逃したらいけない。心の中にあるものは消えない。美しければ美しいままで進める。何もなくても幸せ。紙切れを手放すとき、天使だと思えばいい。紙は天使になって羽が生えて飛んでいくと思えばいい。1円10円安いからって、ガソリンつかって遠くのスーパーに行ってどうすんの?安いから沢山買って、冷蔵庫で腐らせて暮らすようなことしたらだめ。
・奉仕するということも、西洋では使命だという。使命には犠牲があり、ヒーローを作る。奉仕に犠牲はない。自分にあふれてきたものを尊い気持ちで自分がやって、やってる方が感謝できること。
・今の世の中の情熱には、友(味方)と敵がいるようなもの。敵を作って熱くなって、正義をかざして同調するものを友と言い、集団で人殺しまでするようなところに使われている。
・敵がいないと自分の存在が分からない。おかしいでしょ?経済社会にあっても、紙が一番上と思ってそこにこだわる人は、それが正論だと思ってる。
・自分のこと分かってくれる人、好きな人だから友という。自分のことを分かる人は自分しかいないはずなのに。
・知識の量、損得の心、そういう価値に認められたら自分、と思っていると、いつか自分が空っぽになる。何だったのかと言い出す。
・死ぬ時、金を残すのか、名を残すのか、人を残すのか。名を遺したって、死んだら戒名付けられて変わるんだぞ。次の世代に黄金の水のんでもらうこと、自分にありがとうといえる人生がいいと思わないかい?

・君が本当の幸せ感じたら、人に本当の幸せを伝えられる。伝わっていく。自分のすること、「ありがとう」と言われなくても自然に、知らないうちにやっていることが人の役に立つような生き方。そういう自分は自分の歴史の主人公は自分でいられる。
・出発点はどこだっていい。恰好いい自分をしようとしなくていい。一人一人に十分な才能がある。必ずもっている。それを信じないと。それを活かさないと。
・自分の本当の真我の美しさ。自然な利他の行動につながっている。自分の持っている利他をやれば、人からのありがとうはいくらでも大きくなっていく。
・私はこれしかできません、と言った瞬間、自分の歴史は終わる。我慢した自分で作ろうとしたとき、自分の歴史終わっている。かっこわるいね。そのあとは、ただ食って寝てくそするだけの人生だ。
・真我は自分の一番強いもの。自分には嘘付けない。言い訳もない。「でも、だって、」というのは、我慢重ねたのに答えが見つからないと思うから、言い訳見つけようとするだけ。
・自分であるから、自分の人生やっているはず。それが分からないと、何でこうなのか、何でこうしてしまうのか、と悩んでしまう。
・負けないぞ、くそー、と、勝・負にこだわる。誰に勝つの?自分でいればいいのに。
・互いに育てていく、育てられる、感謝と感動の繰り返しで、じわっと心に還ってくる。息を吸って生きている間、その繰り返しをやることだね。内なる光で輝くこと。情熱は、温かい心でありつづけること。

 








2017年8月5日土曜日

9月薬膳断食&内観リトリート実施

8月の和心の会は、事前告知前にお申込みを頂き、満員御礼となりました。ありがとうございます。一度ご参加された方が、継続参加をご希望して下さる事は、本当にうれしい事です。また、噂を聞いて遠くからご参加の皆様が増え、事前に泊まりがけでお手伝いに来て下さる方も現れ始め、本当に感謝です。
9月、10月と予定通り実施致しますので、参加ご希望の方は、申込フォームは3か月分の先行予約が可能ですので、お早めにお申し込み下さいませ。

陽月堂は会社として運営していますので、もちろん、一般では主宰側とお客様がおられ、お招きする、ということになりますが、私たちは、会社組織を作る前も後も変わらない思いと行動、そして運営形態で進めています。

奉仕には、「人手が足りない」ということは有りえない!という気持ちで、若干名から始めた拠点運営、そして会社運営ですが、変わらずボランティア参加して下さる方が自然に表れ、出来る時にできることを最大限に奉仕されている姿には感謝しかありません。


また、セアロ師の拠点内で運営してきたNPO法人、CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンの日本での活動も、陽月堂メンバーは変わらず出来ることをさせて頂いております。皆様の活動参加、お手伝い、プログラムスタッフ参加など、これまで通り大歓迎ですので、いつでもお気軽に声をかけてください♪

さて、陽月堂念願のリトリートが9月に実施できることになりました。久しぶりの「断食内観瞑想リトリート」です!!しかし、全くの「断食」ではなく、陽月堂らしい特別な企画として、「薬膳」を取り入れたリトリートをセアロ師にアドバイス頂き、実施させて頂けることになりました。心も体も安らかに和めることを願って、施設を最大限に活かした企画です♪

こちらも、チラシとサイトを作成している間にもお申込みを頂いておりますので、ご希望の方は、ぜひお早めにお申し込みくださいませ♪2泊3日の合宿です。スタッフ参加をご希望の方も大歓迎です。お気軽にお問い合わせください。

  薬膳断食&内観リトリート





2017年7月23日日曜日

和心の会7月有難うございました

「自分らしさ」をテーマに、和心の会7月、地元、全国から15名の方にご参加頂きました。有難うございました。

今月より、陽月堂スタッフで、まずは自分達で毎月のテーマを感じてみること、そして当日までに、料理はもちろん、皆様の学習が深まっていけるよう、私たちができる心と形の準備を一つ一つ増やしていこうと、『陽月堂サブ・テーマ」を考えてみました。

7月のテーマ「自分らしさ」のサブテーマとして、「星空」を考えました。7月は七夕を迎え、梅雨が空け、星が美しく見える季節でもあります。小さな自分に閉じこもり、自分らしさどころか、自分が分からなくなってしまう時、ふと夜空の星を見上げると、ちっぽけな自分、ちっぽけな悩み、ちっぽけな問題に気付かされるということはないでしょうか?

陽月堂は、テーマ「自分らしさ」から、「星空」をサブテーマにして、料理音楽、テーブルセッティングを準備させて頂きました。


ダイニング料理の詳細は、こちらのダイニングブログをご覧ください。

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「自分らしさ」

これが私、これが自分だ、と思っている、あるいは自信をもって自分らしさを表そうとしている自分・・・、それがうまくいっている、と思う時は、人にそれを認めてもらえた時…、かもしれません。でも、それを受け入れてもらえないとき、自分らしくなかった、と思ってしまう。一体どっちが本当の自分?
どうしたら人に理解してもらえるんだろう、と悩む人も少なくないかもしれません。  セアロは、「これが自分、と思っているその自分らしさは、本当に本当の自分なのか。頭で考えた自分だろう?」とおっしゃいます。
さあ、今日は「自分らしさ」をテーマに、どんなセアロのお話だったでしょうか。

今月も、お話をメモした中から、一部を共有させて頂きたいと思います。

『自分らしさ』セアロのご講話から

  • もともと、自分がどういうものか知らないのに、自分で私はこんなのだ、と決めて、その自分をやって、頭うって…。無理やり「自分らしさ」を作っていると、本当の自分は死んでしまう。
  • 人の反応を見ながら、どう思われたかを、自分が生きる中心にしている。そして、自分らしさを探している…。もったいないことだね。
  • 本来の自分というものは、どんなもの、とは答えられないもののはず。宇宙の誕生から、何億光年たって、地球ができて、やっと人間が「自分らしさ」とは何か、と問えるようになってきたところ。「私は誰?」というのは、宇宙そのものの問いだった。神、創造主、源、呼び方は何でもよいが、意識、意図が生まれ、異なるものを現わし、次々に生み出されて人間にたどりついた。
  • 意識、感じる、考える、思い出す…、全て合わせたのが人間。いわば、神自身が自分自身、自分らしさをみつけるために人間創ったようなもの。神も、それだけではそのものらしさ、つまり、自分らしさは何かわからない。
  • 心地いいと思う時が自分を感じると思っているなら、その心地よさはどこからのものかを考えたほうがいい。他から与えられたものによって心地よさを感じて、それで自分らしくあれた、というなら、そこに心地よい・悪いの線引きがある。ここからが心地よい=自分らしい、ここからは心地悪い=自分らしくない、と。
  • 自分は何、なんてはっきりしなくていい。芯もほわんとしていい、どこからどんなものが来ても、柔軟なままで。それは自分ではない、なんて思わなくていい。
  • あの人より、この人より、これとくらべて自分らしくない…、と。そんなのが自分らしさなわけはない。
  • 慌てなくていい。早くいい子になりたい→無理です。いい子になったって、地球上にとって、よくもなんともない。
  • いい子にして、そうでない時との間に隙間ができて、そこから噴き出してきて、苦しくなる。なのに、私は平気よ、という。平気じゃないのに。
  • 人生長いといったって、どれだけ?千年も生きられない。存在そのもの、自然なそのもの、それが自分らしさ。
  • 他がためにその体があるのか?たとえ他に奉仕をしても、自分らしくあれば疲れない。人の為にすることも疲れることはない。
  • 自分がやること、自分に感謝できる人は、人がやることにも感謝できる。自分に感謝とは、ありのままの自分でいて、人のためにしても有り難いと思える、人に心から感謝できる自分があれば、そう感じることができる自分に感謝もできるはず。
  • 若い人達を育てたいと思う人自身がまず「自分らしさ」を知らなければ。
  • そのままの自分、素直な自分、その形を頭に入れるのではなく心に入れよう。
  • こうしよう、よし、と決めたら次は放っておく。追いかけない。決めてそこから余計な事を考えるのをやめなさい。どうだったかな、これでいいかな、悪いかな、とやらないことが大事。そこが本来の自分らしさから離れるところになっている。
  • 決めたのに、時間が、お金が、といいだす…。足りない、って誰が決めるの?お金の紙切れに振り回されて、自分らしさはない。
  • 自分らしさから出発してないから悩む。人が決めた価値観でやろうとするから。価値を上げるためにやるから。人の価値なんて、自分で決められない。自分で上げようのないもの。あなたがあなたらしい中にいたら価値は人から勝手にもらえる。
  • 人があげてくれる価値、有り難い気持ちをまたお返ししていけばいい。また少しずつ、お返しできる自分になっていけばいい。
  • 「自分はさておき」、はいけない。自分自身に対して、丁寧な言葉で語りかけること。自分らしさの欠如は、「自分はさておき」、から始まる。
  • 人、もの、時に感謝。とき、は「時間」ではなく、「とき」。人が設けた「時間」ではない。日本では、人が集まったところを国家という。国は家、一つの家族と表す。そういう価値観。日本人は日本人したらいい。世界人やる必要ない。
  • 人にどう思われるかを削れるだけ削り、あなたがあなたに"どや顔"できるような自分になること。
  • 女性は、どうせ女だから、○○しないと、○○したらだめ、という考えはやめて。正しい事なら言えばいい、やればいい。でも”良かれ”、は要らないよ。良かれとは、「私があなたならこうだ、ああだ」、と言ってるに過ぎない。良かれは不要。
  • 「変えられない」と言っているのは、「変えられる準備はできている」という意味。そうしたい、そうなりたい、と分かっているんだから…。踏み込めないだけでしょ?ほんとにできないなら来世にしたら?無理してやったり、人から言われてそうしたりすると、「やっぱりこうだった」、となる。変わったらどうなるかが不安なだけだろう。どうなるって、どうもならないのに。どう自分で表現したらいいか分からないという脳みそがあるだえけ。準備できてるのにね、だったら来世にしなさい。


    『音楽CD(和心の会・今月のテーマの曲)』について
    • 自分らしさとは、ただ在るというところ。その「自分らしさ」を曲にしたのがこの音楽。地球そのもののテーマ曲。CDを聞いて、今日学んだこ、話した内容を思い出しながら、食事して下さい。
    • 今月から、毎月のテーマ曲をCDにしてご紹介いたします。ご予約も受け付けさせて頂きます。「自分らしさ」は、2曲(オーケストラ1曲、キーボードソロ1曲)で、2,000円。お支払いと受け取りは当日、Summy まで直接お願いします。
    • ジャケットにはセアロ師の言葉が込められています♪ 
    ※今月の「自分らしさ」は完売です。オリジナルの手作りCDですので、当日の数に限りがございます。ただし増版は可能ですので、Summyまで直接お尋ねください。

    2017年6月29日木曜日

    和心の会6月 有難うございました

    6月の和心の会は「思いやり」がテーマでした。例年の梅雨をイメージして、雨が降る中、アジサイの花を見ながら、自らの人との関わりを振り返り、「思いやり」について、じんわりと考えてみるひと時を、と思ってのテーマでした。期待は裏切られ(?!)、晴れの国岡山らしく、良い天気に恵まれた1日になり、県外からも大勢の方がご参加され、陽月堂ダイニングのMAX18名様、満員御礼の和心の会となりました。

    今回はSummyさんの思いやりをテーマにしたキーボードと、石川県から飛び入り参加の未来さんのフルートが加わり、生演奏の音楽に耳をかたむけながら、魚料理を味わっていただきました。ダイニング料理については、こちらをご覧ください。


    和心の会では、いつもサポートスタッフとして参加のSummyさん。エプロン姿で皆様のランチタイムをサポートする姿は、思いやりのテーマにぴったりな風景でした。

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    今回は、短めの休憩をはさみながら、続けてたっぷりとセアロの講話の時間がありました。「思いやり」といえば、相手に対してどうふるまうか、と端的に思いますよね。「思いやり」と「いい事」の違いは?「思いやり」と「甘やかし」の関係は?そんな疑問をもちながら、セアロのお話を伺いました。

    ご講話から印象に残ったお話は、次のような内容でした。メモはあくまでも、受け取る側の認識によるまとめ方になっています。ぜひ次は皆様直接お話を聞いて、ご自身の心のメモを増やしてみてください♪

    ・「思いやり」は、まず「自分への思いやり」、から考えてみる。
    ・人に対する思いやりのつもりでも、結果、こうしてあげたのに、という気持ちを抱えることは「自分への思いやり」になっているのか、考える必要ある。
    ・応えてくれたら、気づいてくれたら、そういう気持ちがあっての行為は思いやりでもなんでもない。
    ・自分の弱点は言い訳し、強い所は強調する、いったい誰のおかげなのか、そこを考えないと。
    ・誰かが助けてくれる、、、そんなことは絶対ない!自分を助けられるのは自分しかない。自分のために息を吸っているのは自分だろう。自分で吸うしかない。
    ・自分は孤独だ、寂しい、人に言われるばかりだ、、、じゃあ、そんな言われっぱなしの人生を送っているのは誰?自分の生き方が悪いのか、周りが悪いのか?
    ・人生というものは、どこか、誰か、必ず関わっているもの。人さまのおかげ、が言える人生、利他の生き方をしても、最期は自分一人で死ぬ。一瞬だとしても、最期は自分を振り返り、自分が自分の人生を看取ることになる。利他で生きても最後は私利となるはず。
    ・自分を思いやれない人、人を思いやれるはずがない。自分をいじめるのが上手な人は、人をいじめるのも実は上手。
    ・自分の体への思いやり。本当に思いやっているか。あ、○時だから食べないと、と、体の都合ではなく、時間によりけりで決めている。そういう自分になってないか。
    ・身近な人への思いやり、みんな下手。近いほど、例えば親子の関係。人としての存在であることを忘れている。言い過ぎた、まあいいか、を繰り返すうちに、それで当然ということになっている。
    ・言われる方も、幼いころはケンカしたって、翌日はケロッとして一緒にあそうぼう、となっていたのに、大人になると刺さると痛いと言い出す。
    ・幸せはそこにあるのに、勝手な尺度で幸せを求めだす。「マニュアルが要る」、というような人生。そこで求めた幸せは真の思いやりからかけ離れている。
    ・人から優しくされて幸せ、、、それは自らへの思いやりとは関係ない。本当の思いやりは、自らが自らと分かち合い、幸せを感じられること。真の思いやりは、口先の言葉だけのものではないはず。自分さえ思いやることできず、自分をないがしろにしていて、人に思いやりなどできない。
    ・人を思いやっても、人がそうしてくれない、ということがあれば、「しゃーないな」で終わり。人がそうしなくても、自分がそれに同調してはいけない。
    ・自分が、思いやりがなかったな、と思うことがあれば、自己反省したらいい。しかし、人がそうなったとき、あの時こういった、ああ言ったと責めるのは、果たして自分へお思いやりにつながるのか。
    ・損得なくできることが思いやり。感情も入らない。感情が揺れたとしても、揺れていいと思うだけ。感情を長持ちさせることは不要。つまり、根に持つということ。楽しい事はさっと消えうせるのに、苦しい事はいつまでも覚えている。それは情に執着するから。
    ・何事も、夢中になって、感謝しながら本気でやることが増えてくれば、知らぬ間に「出来る範囲」が増えてくる。「出来る限りやります」と言って本気でやる人は、自分が知らないうちにあれもこれも出来るようになる。そこで人に言われて情にとらわれ、歩みを止めたらそこまで。誰に何を言われても、やり続けると、本当の男前、女前になれる。
    ・自らが和めば自らを思いやることができ、人に与えられる自分になれる。つまりは、自分を喜ばすことになる。自分を喜ばすことが出来る人は人を喜ばすのは簡単。


    2017年6月23日金曜日

    ミニリフォーム業務

    陽月堂の業務は、多岐に渡るものですが、今回は初めて出張ミニリフォーム業務に取り組みました。当社員が、自社スペースを自ら改修工事をする様子を見ていた方から、当社の社員に白羽の矢がたち、お客様からミニリフォームのご依頼を受けることになりました。

    お客様は、NPO活動のご縁で、当社の社員とも一緒に活動したことがあり、まだまだ素人仕事ではありますが、当社にお仕事を依頼してくださいました。
    今回のミニリフォーム業務は、5畳スペースの洋間の壁紙貼替工事です。

    自社改修工事の経験を活かすチャンスをいただけて、社員も一丸となり工事に取り組みま
    す。
    雑用班として社員である私も参戦しましたが、平面に見える壁も微妙な凹凸や傾きがあり、自分にはとても対応できない、なかなか手ごわい状況でした。

    お客様もご一緒に作業中!
      

    丁寧な仕事を心がけます!!

    午前9時過ぎから夜8時位まで、お客様自らも作業に参加してくださったりで、無事工事は終了しました。


    新しい壁紙によって部屋がとても明るく変身!


    専門職の職人さんであれば、壁紙に糊ツケするのも、壁紙を寸法通り裁断するのも優秀な機械を持っておられるとのこと、、しかし、陽月堂は、、人力です。。


    プロの方から見たらもどかしい光景でしょうが、心を込めて、精一杯、全力で取り組む!
    それは、プロの方にも誇れる私達だと、自負しております(笑)


    2017年5月22日月曜日

    和心の会5月有難うございました。

    5月21日、「のぞみ」をテーマに和心の会を開催いたしました。今回で3回目を迎えましたが、「五感で味わう」和心の会にふさわしく、今月からテーマに合わせた曲をSammyさんが作曲して下さり、終日、ダイニングのBGMとしてCDを使わせて頂きました。

    H28.12の生演奏時
    曲タイトル:「望」

    参加者の皆様も喜ばれ、CDも即売されました。(和心の会当日のみ購入可)

    CDのジャケット内に書かれたメッセージはセアロ師からのメッセージで「夢は叶えるものであって、見るものではない」と書かれています。これから毎月のテーマに合わせた曲を作って下さるそうで、和心の会コンセプトに大きな花を添えてくれます。

    音なき音に耳を傾ける感性も、感性から生み出された音に耳を傾ける感受性も、両方育むことができれば素晴らしいですね。

    さて、今月から、ダイニングの客席をMAX増やして18名まで受け付けられるように準備しましたが、17名の方がご参加くださり、ダイニングもフル稼働、テーマ曲と魂込めた料理の一つ一つが相まって、「のぞみ」のエネルギーでいっぱいになりでした。



    会食のメニューについては、こちらのダイニングブログをご覧ください♪
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    セアロのお話「のぞみ」

    大切な言葉を書きとめたものを共有させて頂きます。
    • 私たちを取り巻くあらゆるもの、それらは全てそれぞれに命がある。あなたが大事な存在だから、あなたを通じて活かされるためにある。それらから与えられている愛に気がづかないといけない。それに気づかず、安い方、楽な方、舌(頭)が満足する方にばかり向いていかないように。
    • のぞみに執着すれば欲になる。欲はいつも答えや条件を求める。あるいは、与えられたもので望みが叶ったというなら、いずれ自分は何やってるの?と迷うときがくる。
    • 自分ののぞみは、人の目を気にするものでもなければ、与えられるものでもない。薄っぺらな欲を満たされ喜ぶのは記憶の頭だけ。感じさせてくれるものを探すのではなく、自分で感じることを忘れたらだめ。自分で叶えて自分に感謝できることが本来ののぞみ。
    • のぞみは、人真似ではなく、自分の歩みでなければいけない。いつも何か(ツール)を利用しているだけ、与えてもらうことばかりに慣れていたのでは、自分で叶える自分の喜びにならない。
    • 失敗はいい経験だ。のぞみの糧になる。経験を積み重ねたら、のぞみも大きくなる。「希望」は「まれなのぞみ」、棚ボタ的な思いは叶わない。希望をのぞみにかえて、大きなのぞみにして、大望、願望、大願となっていかなければ。
    • のぞみをもって、本物の自分になっていく、そして「私でよかった」と自分に感謝できる自分になれるかどうか。
    • のぞみはずっと続くもの。次に続いていく。今生で望んだもの、必ず来る。来世になったとしても来る。常にそれに向かって歩くだけ。真我は生きる喜びを求めている。生ききらないと死ねないのが真我。執着がある限り、生ききった、と言えない自分が残る。
    • 生きている自分に感謝。生きて幸せ、という感謝がないと。
    • 人間は、実際、あらゆる動植物、もろもろ全てを殺しながら生きている。雑草一つ抜くのもそう。人間が生きるために他の命を頂いて生きている。あなたの命、私の命に代えて、自分の命・人生をもって望みむかって歩みます、という自分でなければ。全てに感謝できる自分でなければ。
    • そうした「命」を本当の意味で大切にする。体・心臓の維持のためではない。命に感謝しなければいけない。
    • 自分に感謝する生き方を。自分にとって、そんな大事な自分が人生でやること、それがのぞみの原点。コントロールされる人間ではなく、自分自身を大事にする自分。そんなあなただから、食べてもらいたいと野菜や肉に思われる自分でないと。
    • 周りの環境、人との間に生まれるものでのぞみが叶う、喜びがある、とおもわないこと。前と同じ喜びを求めるのはやめること。頭が記憶している過去のデーターから、また欲しいというものから、感動は生まれない。人から、過去のデーターから与えられるものに、真の喜びはない。
    • 今日イヤイヤ過ごせば、大事な自分の歴史に傷をいれることと同じ。過去の君は明日の君を知らない。想像もできない。今日自分がのぞむこと、明日の自分がのぞんでいるか分からないはず。今日、今自分が思う事、今の自分でやること、毎日そうすること。
    • 肉(体)の疲れは寝たら治る。心の疲れは寝ても治らない。自分自身への奉仕わすれてはいけない。自分が自分をいたわる。よかれが過ぎると傷つく。自分は傷ついたと思っているなら、良かれが過ぎたからと思いなさい。
    • 自分で決めて歩もうとするとき、周りから押さえつけられるようなことが起きる。起きても気にしない。自分の勇気、優しさ、思いやり、心配りの実力をあげていくこと。よかれの意識を決して入れない。やりすぎて、断られたらすぐ手をひく。断られても傷もつかない。「せっかく~のに…」、と傷つくのは、よかれをやるから出てくる。
    • 物を食べる時、与えられた愛に感謝することを意識する。胃に入ったものは、「天使」と思えばいい。天使は、いいことも悪い事も手伝うよ。自分が自分をどう使うかで、天使はいかようにも活かされることになる。
    • 自分に今何がどれだけ必要か。それが生きる糧になると思ったら、感謝を意識してそれを得る。



    2017年5月11日木曜日

    ミャンマー滞在2日目

    2日目は、JMCが計画している作業所の用地を見学に行きました。現在は、JMC本社事務所は、ヤンゴン市内にありますが、雨季には全てがストップしてしまう農村部の工場だけでは年間通じた製造や研究ができないこともあり、今後の業務展開を見込んで、新しく作業所を兼ねた支所を建設する予定とのことです。

    作業所建設予定地


    区画内に自生している椰子の木
    周りの木々の伐採から始まるであろう、作業所建設ですが、ミャンマーの今後を担う真の起業家たちが活躍できる場所になっていくことを願っております。

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    またこの日は、私たちが日本より持参した商品を、早速JMC社員の知り合いの方が見に来たい、ということで、即席ショップを設け、数名の女性客がありました。


    日本製のコスメ商品はこちらでも女性に人気のようで、以前利用したことのある日本製のシャンプーをとても気に入っておられ、サンプル持参したものだったのですが、早速に完売!
    日本製シャンプーを手にとり。。
    今回は、JMCからの提案があり、NPOつながりの皆さまより、自宅で眠っている日本の着物(中古品)をご提供いただきました。数点の反物や着物を展示しました。来訪者の中に衣服デザイナーの方がおられ、着物の生地を使って何か制作物などができるのではないかなど、JMCスタッフと話に花が咲いていました。

    着物をじっくり観察
    接客の後は、伝票・会計処理が待っております。


    納品書(請求、領収)を記載し、お取引完了です。
    しかし、体温を超える暑さの中、現地の皆さんは「暑いですね~」と涼しげな笑顔でいらっしゃり、さすがですねー。

    まだまだ共に勉強していかなければならないことが多々ありますが、一つずつ前進あるのみで頑張ってまいります。

    ミャンマー滞在1日目

    5月8日より陽月堂社員3名でミャンマーへ、滞在しております。
    今回の訪問目的は、私たち陽月堂と同様に、NPOを母体に社会貢献型の会社として設立された、現地法人、地道ミャンマー(以下JMC)との事業提携や、NPO事業としての協働活動です。
    JMCは陽月堂より1年早く設立されており、現在はココナツオイルをはじめとする加工品や地元の雑貨を取引きさせてもらっています。同時に、ミャンマーで根強い人気の日本製品を少しずつですが持参し、現地でJMCショップ事業が開始できるよう準備を始めたところです。
    その他、JMCの農産物加工品研究、開発事業展開のサポートや、会計処理や販売業務の管理などもサポートしつつ、NPO活動時代より培ってきた心の学びも活かし合いながら互いの発展に向けてスタートです。

    到着当日は、仕入れた商品の検品、価格検討を行いました。また、NPO関係者よりお預かりした寄付品・バザー品は、従来通り自立支援に役立てられるよう、現地のメンバーとも営業部門と社会貢献を明確化していく考えを共有しました。


    JMC関係者が、単に接客のマニュアルを学ぶのではなく、商品に対しての知識はもちろん、現地のお客様相手にどのような意識で対応するとよいのか、そして、お客様との信頼関係をどう構築していくか…等、陽月堂が大切にしている日本流の商いの素晴らしさを、実践を通じて少しずつ伝えています。

    共に働きながら、お互いに学ぶ機会も多いのですが、ここから、互いの美しさを尊敬しあえる関係でつながっていけるよう、地道に一歩ずつ進めたいと思います。


    2017年4月25日火曜日

    4月和心の会へご参加有難うございました

    4月23日、第2回「芽生え」をテーマに和心の会を開催いたしました。早いうちから全国より多くの方にお申込みを頂き、陽月堂ダイニングも客席を増やし13名の皆様をお迎えさせて頂きました。(14名の予定が当日お一人欠席)


    皐月(さつき)のテーマは「芽生え」でした。前回の「門出(かどで)」から続けてご参加の方もいらっしゃいました。新しい出発から、何かが芽生えてくるといいですね。

    「芽生え」のお話では、自分に目覚める、自分が自分に芽生えていく事が大事というお話がありました。(以下、お話からの抜粋)

    • 「自分に目覚める」とは、自分自身の階段を上がっていくことであり、その自分の基準は自分だけにある。そのとき、「これだけ昇った」と後ろを振り向き評価したものが自分ではなく、上がっていく「今その時」が自分自身であることを忘れてはいけない。人は自分の存在を認識する必要があり、ただし人に自らの存在を聞いて確認するような必要はない。
    • 自分以外(機械、他人、物、言葉すべては自分以外)に意識がいくと、あれこれを求めるようになる、つまり文明に走れば、ルールやプライバシーといったものに縛られる。もともと、プライバシーは自分の体の中だけのはずが、空間や本来の自分以外のものを含めてプライバシーと言い出すようなことにつながる。自由に自分のこたえで生きられなくなる。「芽生え」とは、自分の肉が自由に動ける自分を楽しみ、気持ちを芽生えさせていくこと。
    • 「自由に生きる」とは、作り上げられたものへ順応性を求める「文明」に合わせることではなく、自分(達)の「文化」で生きるということ。私たちの中にある、八百万(やおよろず)を神とした「文化」を思いだし、気づかいと思いやりで人と関わることを大事に。
    • 良い悪いは自分に聞き、正しいこたえを見出す。自分も宇宙全体の一部であることを意識し、答えは自分でだす。私たちには「感謝の文化、いただきますの文化」があり、それを尊重するところに正しいこたえを見つけることができる。
    • 命燃やして自分を楽しめるか、自分の品格をあげられるか、人の幸せに動けるか…。美しい"品性"や"自分色"、"自分香"が自然に備わってくる、自分のそうした変化を楽しむ。例え人からそのように言われたとしても、その人にそう見えるだけであって、自分の品格の基準は自分だけである。


    こうしたセアロのご講話の後、会食の時間は皆さま静かに味わっていらっしゃいました。目を閉じながら味わっている方もいらっしゃり、和(なごみ)の料理、和の空間が生まれていました。皆さまには、料理やスペースに関して、色んなおほめ言葉も頂いておりますが、それを味わい感じる皆さまがいらっしゃるからこそ、和の料理、空間となるのだと思っています。
    ダイニングのスタッフ~♪
    左から、コック帽が何気に餃子っぽく、餃子部長と呼ばれる陽月堂マヨ本部ちょー、
    中央が、ダイヤモンドのように輝く渾身の一品を目指すダイニング店長Kaba子、
    右は、和心の会専属?!ウェ~トレスのキヨミさん、
    写真には写ってませんが、パン工房の男子2名+尼1名が和心の会を運営しています。
    (スタッフ募集中♪)

    今回のお料理は、前菜にテリーヌ、メイン料理はカモ、デザートには苺ムースが登場していました。一皿ごとに、皆様からのため息やら歓声、満面の笑顔…、そして一口ごとに体の中に和みとけていく様子を拝見させて頂いております。




    和心の会のお話、お料理、そして空間すべてが、明日からの皆様の一部となって活きてきますように…。